爆発熱量計、デブに際限なく降る夢、あるいは人間におけるエネルギー保存の法則 『やせれば美人』(高橋秀実)

まず、カロリーとは何か?
食品のカロリーとは、「爆発熱量計」と呼ばれる装置の中に食品を入れて完全燃焼させ、その際に発生する熱量を測定する。食品が持っている「エネルギー」ということである。人間が食品を食べると、原理的には燃焼と同様の反応(酸化)が行われるので、取り入れるエネルギー量として考えられているのだ。(P83)


爆発熱量計かっこよすというのはさておき、本書『やせれば美人』は著者・高橋秀実さんの「やせれば美人」な奥さんが一念発起してダイエットに取り組んだり取り組まなかったり取り組まなかったりする過程や、「日本の女性の洋服サイズが9号、11号、13号など奇数メイン*1なのは、なぜか偶数メインなアメリカの間をとって奇数にしたから(P72)」みたいなダイエット周りの諸事情が描かれたノンフィクション(?)で、相変わらず著者のスタンスが絶妙で面白い。以下は特に面白かったところ。


ダイエット商品のチラシは、薬事法の関係で「やせる!」とは書けず、必然的に「(使った私は)やせました!」という体験談形式になっている。そしてその体験談にも「文法」があるという。

体験者たちは、ダイエット法と必ず「偶然」出会う。


「ちょうどその時……」
「そんな時にふと……」
「たまたま友人が……」


などが決まり文句なのである。私の見る限り、「このダイエットは効果があると信じて一生懸命取り組んだら、本当にやせた」という気合いのこもった例はほとんどなく、みんな「たまたま」出会い、その結果に「びっくり」するのだ。ちなみに、先にチラシを引用した「マイクロスピードノンスポーツダイエット」でスリムに変身したというあべ静江さんは『あら、やせちゃった!』という、おとぼけタイトルの本まで出している。
ダイエット法はどこかから突然降ってくるものらしい。言うなれば「恵みの雨」のようなものだ。
とぼけるのもいい加減にしてほしい。


「偶然の出会いがいいんです」
「いい」「悪い」を訊いているのではない。真偽をたずねているのだ。
「つまりロマンスです。白馬に乗った王子様と一緒です」
それが悪いか、という口調で彼女(引用者註:女性雑誌編集者)は言い切った。
(中略)
「女性たちはこれら*2を読んで疑似体験するんです。自分もこうなれるんじゃないかしらとか、自分がこうなったらどうかしらとか。要するに“夢”を見るんです」
――ダイエットもそうなんですか?
「そうです。自分がダイエットに成功したら、こうなるんじゃないかと夢を見るんです。ダイエット記事とはそのためにあるんです」
現実はどうかなどと問うのは無粋らしい。
「夢は多ければ多いほどふくらみます。あれもあるしこれもある、そう思えば楽しいじゃないですか。もし夢が一つしかなかったら、つらいですよ」
――しかし……。
夢はあくまで夢にすぎない。
「夢だから、もちろん覚めます」
私の考えを見透かしたように、彼女は釘を刺した。
――覚めたら、どうなるんですか?
「だから、次の夢が必要になるんです」
夢の連繋のように、ダイエットは降り続ける。彼女は「星降るように」と言うが、私は土砂降りに遭った気分で家に帰った。
(P45-48)


女性にとって、どうやらダイエットは娯楽らしい。確かに体脂肪率のヤバい基準が男性と女性とでは違うことからみても、女性の身体のほうが太ることに関して寛容に出来ているのは間違いないし、だからこそ娯楽になりうるのかもしれない(男性をダイエットに突き動かすものがあるとするなら、それは極端に言うと「死の恐怖」である場合が多いのではないか)、と思う。


最後に、最初に引用したエネルギーの話つながりで、人間についてエネルギー保存の法則が成り立つかについて。某大学准教授に聞くと……

「それは短期的に見てもわからないものなんです。例えば、ある日1000キロカロリーのものを食べても、その日に体内で発生するエネルギーなどを合計しても1000キロカロリーにはなりません。その前に食べていたものもあるから、ズレますしね」
――ズレるんですか?
「そう、ズレる。でも、最後にはピッタリする」
――最後?
「そう、死んだ時」
――死んだ時?
「死んだら、火葬場で体を完全燃焼させるでしょう。その時発生する熱量も計算すると、エネルギー収支はピッタリ一致するんです。人生で食べてきた食物すべてのエネルギーの合計と、運動などで使ってきたエネルギーと焼いた時に発生するエネルギーの合計がね」
人間におけるエネルギー保存の法則とは、人生のエネルギー収支なのだった。肉を焼くとわかるが、脂肪はパチパチと激しく燃える。人生で脂肪をいっぱいためこむと、最後に爆発して差し引きゼロになるらしい。
ダイエットをなかなか始めない妻も、最後に大爆発して帳尻を合わせるつもりなのかもしれない。
(P91-92)


よくできてますよね、人間って。


やせれば美人 (新潮文庫)

やせれば美人 (新潮文庫)

あら、やせちゃった!

あら、やせちゃった!

*1:これもよく知らなかった

*2:女性誌