ノンフィクションの高橋さん『トラウマの国ニッポン』(高橋秀実)

個人的には「ノンフィクションだったらこの人を外せない」という当該分野では花山レベルの書き手だと思っている高橋秀実さんの文庫新刊。
「#2 ふつうの人になりたい――子供たちの夢」と「#12 自分とは何か――「自分史」を書く」あたりがお気に入りだが、なかでも一番凄かったのは「#8 妻の殺意――「夫婦」の事件」で、取り上げられているのは以下の事件である。先に加害者(=妻)の供述を書いておくと「午後一時頃、様子を見たら、息をしていなかったので、119番通報した」。

2000年11月。横浜市戸塚区で、31歳の主婦が夫をフライパンで数十回殴りつけた上、果物ナイフで数百回にわたりメッタ刺しにして*1殺した。死因は外傷性ショックとされるが、フライパンは縁を使って殴ったらしく、頭蓋骨は割れ、顔は原形をとどめていなかったそうである。(中略)その後夫は、女性店員とは二度と会わない、と約束したにもかかわらず交際を続けていた。主婦がそのことに気づいたのが犯行当日のこと。そして夜の十時半から、夫をフライパンで打ち始め、翌日の正午まで、叩く、殴る、刺すを繰り返し……


という事件なのだが、上の事件において奇妙な

  1. なぜ夫(=被害者)は殆ど抵抗せずに殴られるままになっていたのか
  2. 妻(=加害者)の供述の正確性

の二点について、高橋さんの周りの女性への聞き取りなどによって、夫(被害者)がほとんど抵抗せずに殴られるままになっていた理由、そして妻(加害者)の供述が「きっと言い逃れではない」理由が(推測ながら)かなりの説得力を持って明らかになっていく様子には、ただただ感嘆するしかない。おすすめ。
ちなみに「ノンフィクションの高橋さん」とは解説の養老さんの言。


トラウマの国ニッポン (新潮文庫)

トラウマの国ニッポン (新潮文庫)

*1:法廷で主婦は「殴ったのは十数回で、ナイフで切りつけたのが40回ぐらいです」と反論している